1953年(昭和28年)1月
市町村自治法が公布される

 

1953年1月12日、琉球政府立法院が制定した市町村自治法(1953年立法第1号)が公布・施行されました。

それまで戦後沖縄の地方行政は、軍政府指令第26号「Organization of Cities, Town’s and Villages / 市町村制」(1948年7月21日)によって行われていましたが、市町村自治法がそれにかわるものとなりました。

 

市町村自治法の公布にあたって、行政主席から地方庁長宛てに送られた文書には、「自治の本旨に基いてその自主性を重んじ、自立を尊び、行政の公正と能率を確保するとともに政府の統制は、極力これを避けて市町村住民の総意によってこれをなさしめることを趣旨として制定された」と法の趣旨が述べられています。
『市町村自治法立法関係書類 1953年~1954年』(R00002599B)

 

 

1953年(昭和28年)4月
米国民政府布令第109号「土地収用令」が公布される

 

1953年4月3日、軍用地の強制収用の手続きを定めた米国民政府布令第109号「土地収用令 / Land Aquisition Procedure」が公布されました。

これによって、真和志村、伊江島真謝、宜野湾村伊佐浜などでは、「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強権的な土地接収が行われました。

米国民政府布令第109号「土地収用令」『米国民政府布令/Civil Administration Ordinance 1953年~1957年 第093号~第171号』( RDAP000029)

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1953年(昭和28年)10月
真和志村が真和志市となる

 

1953年10月1日、真和志村が真和志市となりました。

 

真和志村が市に昇格する諸要件を備えているとする「調書」です。

真和志村の人口は、1953年4月30日現在、50,465人で、市の要件である3万人以上をはるかに超えている、また、中心の市街地を形成している区域内にある戸数は7,953戸で、全戸数10,113戸の7割8分にあたり、全戸数の6割以上との基準を満たしているなどと記されています。

『市昇格に関する書類 1953年 真和志村』(R00002661B)

 

1953年(昭和28年)12月
奄美群島が日本に復帰する

 

1953年12月25日、琉球列島の一部として米国統治下におかれていた旧鹿児島県大島郡の奄美群島が、日本に復帰しました。

 

それにともない、米国民政府指令第15号「奄美大島に戸籍を有する者の臨時登録」が公布され、奄美籍者に対する「臨時登録」が義務づけられました。

 

米国民政府指令第15号「奄美大島に戸籍を有する者の臨時登録」『米国民政府指令/Civil Administration Directive 1953年 第001号~第015号』(RDAP000011)

 

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