沖縄県公文書館 復帰50周年企画展

軍用地政策の変遷

深堀セクション3

土地所有権認定事業

 

土地所有権認定事業

終戦後、米軍は占領施策を展開するにあたって、戦禍で失った土地の公図や公簿等を回復する必要から、1946年2月に軍政本部指令121号「土地所有権関係資料蒐集に関する件」を発し、各市町村長に土地所有権の確認調査を実施させました。

各市町村長は、その調査結果をもとに個々の土地についての所有権を確定し、米国民政府布告第8号「土地所有権」に基づき所有権証明書を交付(1951年4月1日付け)しました。この約5年間に行われた所有権決定のための一連の取組みを「土地所有権認定事業」といいます。

 

指令121号の手続概要

軍政本部指令121号「土地所有権関係資料蒐集に関する件」に基づく手続きは概ね次のとおりです。

①私有地の所有者は、保証人として隣接地主2人の連署を付した土地所有申請書を字土地所有権委員会(市町村長任命)に提出。

②字土地所有権委員会は、この申請書に基づき調査測量を行い、認定した土地の地図を作成し、申請書を添えて市町村長へ報告。

③市町村長は、字土地所有権委員会が認定した土地の地図及び一筆限調書(集計表として作成する連記式土地台帳)を沖縄諮詢会に提出。

 

旧日本軍接収地の所有権

土地所有権認定事業では、旧日本軍が接収した土地は、旧地主の所有権を認めず、日本の国有財産(国有地)として扱いました。

その例外として、米軍が与那原飛行場に使用した日本陸軍沖縄東飛行場(西原飛行場)用地と、牧港補給地区に使用した日本陸軍沖縄南飛行場(仲西飛行場)用地は、米国民政府によって国有地の管理が解除され、旧地主の所有権を認めました。また、米軍基地に使用されなかった旧日本軍の石嶺秘密飛行場や与根秘密飛行場は旧地主の所有権が認められました。

 

西原飛行場用地の所有権認定

 

 

資料㉗ 土地所有申請書  西原村字小那覇  前原

西原村字小那覇前原(小字)における個々の土地所有者が字所有権委員会に提出した個々の土地所有申請書の綴り。

作成:西原村・琉球政府法務局土地調査庁、1946年〜47

資料コード:D71003687B

 

 

 

「西原飛行場用地の土地所有申請書 字小那覇 前原」

米軍は、旧日本軍が西原村字小那覇から伊保に至る海岸平地に建設した沖縄東飛行場(西原飛行場)を拡張し、与那原飛行場として使用した。

この土地所有申請書は、旧日本軍の沖縄東飛行場用地のうちの一筆で、左上には「右土地は日本政府の買収に係るもの」と追記がある。ほとんどの旧日本軍飛行場用地は国有地として扱われたため、所有権認定の対象外であったが、西原村は旧地主の申請を認めて土地所有権証明書を交付した。結果、米国民政府は、これらの土地に対して国有地としての管理を解除した。

 

嘉手納飛行場用地の所有権認定

 

資料㉘ (全調査区)一筆限調書綴 嘉手納村

嘉手納村の所有権委員会で認定された土地所有権を字別に整理・集計した一筆限調書。

作成:嘉手納村・琉球政府法務局土地調査庁、1948年〜1951

資料コード:D80000395B

 

 

 

「嘉手納飛行場用地の一筆限調書 字屋良 前原地区」

米軍は、旧日本軍が嘉手納村(194812月に北谷村から分村)の屋良、嘉手納、東、野里、野国、国直をまたぐ土地に建設した沖縄中飛行場を拡張し、嘉手納飛行場として使用した。

この一筆限調書は、嘉手納村屋良の前原(小字)地区のもので、同地区一帯は全て嘉手納飛行場に使用されたため、摘要欄には全筆「飛行場」とある。そのうち、もともと旧日本軍が接収した沖縄中飛行場用地は、地目「飛行場」、所有者名「日本國有」、地籍「22,099坪」(約73千㎡)とある。

 

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