深堀セクション4
割当土地
割当土地
割当土地とは、沖縄戦後、もとの土地に戻れない住民に対し、米国海軍軍政府指令第29号「住民再定住計画及び方針」にもとづいて、無償で土地を割り当て使用させたものです。土地の所有者と使用者が一致しないという割当土地制度の矛盾は、1951年4月の土地所有権証明書の交付によって顕在化し、割当土地の所有者が、割当土地の使用者に対して、土地の明け渡しや賃借料を求める紛争が多発しました。
そのため米軍は、1951年4月に米国民政府特別布告第4号「土地所有権について」を公布し、いったん割当土地の使用者の権利を保護しつつ、沖縄群島政府に割当土地をめぐる紛争を解決するための条例整備を指示。沖縄群島政府は、同年9月に「沖縄群島割当土地に関する臨時処理条例」を公布しました。これにより割当土地の所有者と使用者との間には賃貸借の契約が締結されたものとみなされ、割当土地の使用権が期限付きで認められました。所有する土地が米軍によって使用されていたために、割当土地での生活を余儀なくされた人々は、自らの土地に対する使用料(軍用地料)が支払われないにもかかわらず、割当土地の使用料を要求されるという不利な立場におかれました。このため、軍用地所有者の間では、軍用地料の早期支払いを求める声が高まっていきました。
割当土地の状況
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資料㉙ 陳情書1 ※資料6と同じ
市町村や団体からの各種陳情書が綴られた簿冊。 作成:沖縄民政府知事官房秘書課、1946年10月〜1949年5月 資料コード:R00000490B |
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越来村からの陳情書
広範囲が軍用地となった越来村(現沖縄市)からの1948年10月18日付の陳情書。戦前は1人当たり390坪あまりを保有する農村であったが、「殆んど全耕地を軍が使用する」ようになった戦後は、1人当たりわずか31坪という割当地での耕作を余儀なくされた。狭い耕地では生活が厳しく、「それは正に餓死に瀕する状態」だとして、「不足する全カロリーを配給」するよう求めている。 |
| 戦前の耕地面積 | 軍用地等の地図 |
群島議会への陳情書
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割当土地の所有者からの陳情書 |
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割当土地の使用者からの陳情書 |
資料㉚ 第10回 沖縄群島議会に対する陳情書(戦後初期会議録より)第二部委員会 1951年8月29日









