沖縄県公文書館 復帰50周年企画展

軍用地政策の変遷

§1-1

「基地のない島」の「全島要塞化」

今から80年余前、沖縄は郷土部隊を持たない唯一の県で、本格的な軍事施設も存在しない「基地のない島」でした。

太平洋戦争突入前の1941年、旧日本軍が沖縄本島中城湾と西表島舟浮に臨時要塞を構築したのが基地建設のはじまりです。

その後、太平洋戦争に突入すると、旧日本軍は1943年に北飛行場(読谷村)や伊江島飛行場の建設を開始し、翌年3月には沖縄本島に司令部を置く第32軍を編成し、航空作戦を展開するために嘉手納飛行場などの建設を開始します。さらに、同年7月にサイパン島陥落で本土防衛の「絶対国防圏」が破られ、米軍進攻の矛先が本土に向かうと、沖縄を最後の防波堤にするために「全島要塞化」を目指し、飛行場だけでなく陣地壕等の軍事施設も次々と構築していきました。

このように、旧日本軍は1941年から45年にかけて県内各地に基地を建設し、その用地を2千人以上の地主から取得しました。(図2)

1945年7月20日 読谷村の日本軍陣地対艦砲と重機関銃射撃用副砲門を備える 1945年2月 米軍上陸前の日本軍第32軍の集合写真(番号1は大田実海軍中将、2は牛島満第32軍司令官)
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