戦災孤児の戸籍~沖縄戦の爪痕

厚生局の那覇福祉事務所/コザ福祉事務所/名護福祉事務所/宮古福祉事務所/八重山福祉事務所「法令及び例規に関する書類」から、戦災孤児の戸籍に関する文書を紹介します。

 

『児童福祉関係 1957年』(R00086824B)に「戦災孤児の就籍について」という文書があります。

中央児童相談所から社会局に対する1956年10月19日付の照会文書は、「戦災孤児の中には身元不明のまま未だに就籍もせず、その為諸々の法律行為の上で支障を来し又将来選挙その他の権利義務の行使でも支障を来すことを予想される児童が数多くおります」として、「早急に就籍し身分を確立させる」ための手続き方法を問い合わたものです。

「戦災孤児」の事例として、戦後の混乱期に「戦災児収容所」から「貰い受け」た児童を養女として育てている養育者が、「戸籍上養女と届け出たい」と述べているケースが挙げられています。その児童は、「両親や縁者の生死その他身元は不明」で、「戸籍上の身分は放置されたまま」となっていました。

 

中央児童相談所から照会を受けた社会局は、法務局に対して、「戦災孤児」の就籍の方法を、各市町村や関係機関に周知するよう依頼しました。

依頼文には、「此種児童の就籍手続を知らない市町村があるほか、これまでの事例から勘案して該児童の数も相当あることが予想されます」と記されています。

 

社会局からの依頼を受けた法務局は、各戸籍事務所あてに「戦災孤児」の就籍の方法を示し、管内の市町村にも周知するよう回答しました。

この文書によると、「就籍をしようとする者」は、家庭裁判所に就籍許可の申立てを行います。この申立ては、「未成年者でも意志能力があれば自らでき」ます。「意志能力」がない場合は、「利害関係人」が家庭裁判所に後見人選任の申立てを行い、法定代理人として就籍の申立てを行います。先に挙げたケースでは、「後見人の選任をなし(中略)家庭裁判所の許可を得て無籍者との養子縁組の手続を為してもよいし、就籍手続の後に養子縁組をなしてもよい」とあります。

 

これらの文書からは、沖縄戦から10年を経てもなお、「身元不明」のまま、法律上のさまざまな不利益をこうむる子どもたちが数多く存在していたことがわかります。こうしたところからも、沖縄戦が沖縄社会に残した爪痕の深さを知ることができます。

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