1952年(昭和27年)7月
那覇日本政府南方連絡事務所が設置される
1952年7月1日、那覇日本政府南方連絡事務所が設置されました。
日本政府は、総理府の附属機関として南方連絡事務局を設置し、琉球諸島において米国との連絡を図るため、那覇日本政府南方連絡事務所を置きました。同事務所は、渡航事務や南方地域の日本国民の保護、本土と沖縄との貿易や文化交流に関する事務などを行いました。
1958年5月15日、南方連絡事務局は総理府の内部部局である特別地域連絡局となり、那覇日本政府南方連絡事務所はその附属機関となりました。
1964年4月15日付の「小、中学校の道徳資料の贈与方について」では、沖縄の小、中学校への「道徳資料」の配布をめぐる総理府特別地域連絡局からの連絡を、那覇日本政府南方連絡事務所が琉球政府文教局に取り次いでいます。 |
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『日本政府援助要請資料 1966年度 05 02』(R00163159B) |
沖縄の日本復帰後、那覇市与儀の那覇日本政府南方連絡事務所の跡地には那覇警察署ができますが、その敷地には「日本政府南方連絡事務所跡」の石碑が立てられています。
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