米軍艦の「残飯譲与」を!~勝連村平敷屋区民の訴え

『陳情及び請願に関する書類 1962年』琉球政府内務局総務課(R00001415B)

総務局 渉外広報部 広報課「公聴及び行政主席に対する陳情・請願に関する書類」から、米軍艦からの「残飯譲与」を求める勝連村平敷屋区の陳情書を紹介します。

『陳情及び請願に関する書類 1962年』R00001415B)に、勝連村平敷屋小学校PTA会長ならびに同村字平敷屋区長による「ホワイトビーチ桟橋に停泊中の船舶から残飯を譲与して貰うことについて(陳情)」という1962年5月20日付の文書が綴られています。

この陳情書では、平敷屋小学校は区民の「経済的貧困」のためPTA会費が低廉で、学校施設や備品が不足しているため、ホワイトビーチ桟橋に停泊する船舶から「残飯」を譲与してもらい、教育資金にあてたいと高等弁務官に訴えています。

また、陳情書では、「そんなら平敷屋区民はなぜ貧しいのか」、その理由として、「部落の大半は軍用地に編入されて農耕地が至って少い」こと、「沿岸、特にホワイトビーチの漁業権を取り上げられたために」漁業者の数が減り、残ったわずかな漁業者も遠洋漁業に切り替えるための資金が不足していること、「結核の罹病者が特別に多い」ことの3点を挙げ、「結び(お願い)」には次のように記しています。

「これら貧困の現象は米軍基地を地許に持っている当平敷屋部落の当然の帰結であって、その皺よせを如実に示すものであります。我々としてはこの際僅かなりとも米軍の理解と援助によってその皺よせを軽減したいと思っています。」

米軍基地があるがゆえの「皺よせ」を、米軍物資の「譲与」によって少しでも軽減したいという平敷区民の思いが見てとれます。

 

なお、この陳情に対するUSCARの回答では、ホワイトビーチ停泊中の船舶の船長と交渉し、職員が小船を乗り入れて直接「残飯」を貰い受けるよう指示しています。

 

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