主席メッセージ 1968-1969
『主席メッセージ 1968年~1969年』琉球政府総務局渉外広報部広報課(R00001389B)
総務局 渉外広報部広報課「広報に関する書類」から、琉球政府初の公選主席である屋良朝苗のあいさつ、声明などを紹介します。
1952年4月の琉球政府の発足以降、行政主席の最終的な任命権はUSCAR(米国民政府)が掌握しており、住民は行政主席を直接選出することはできませんでした。自治権拡大の最大の争点であった主席公選が、1968年11月、ついに実現しました。その結果、沖縄自由民主党総裁の西銘順治に大差をつけ、革新統一候補の屋良朝苗が当選しました。
総務局 渉外広報部広報課の『主席メッセージ 1968年~1969年』(R00001389B)には、琉球政府初の公選主席である屋良朝苗のあいさつや声明の原稿が綴られています。屋良主席が発したメッセージの一つひとつに、当時の状況や世相が映し出されています。ぜひ画像をクリックしてご覧ください。
主席就任にあたっての県民へのごあいさつ(1968.12.1)
| 1968年12月1日の「主席就任にあたっての県民へのごあいさつ」では、公選主席としての基本姿勢である、県民福祉の最優先、清潔で正直な政治の確立、一日も早い祖国復帰の実現について述べています。
革新統一候補であった屋良主席ですが、B52墜落、原潜寄港などに対しては、「県民の生命(いのち)を守る」という立場から、「党派をこえて結集して解決に当る」必要があるとしています。 |
![]() |
B52撤去、原潜寄港阻止県民総決起大会に対する主席のあいさつ(1968.12.14)
1968年12月14日に嘉手納村で開かれた「B52撤去、原潜寄港阻止県民総決起大会」へ向けた「ごあいさつ」です。
アポロ8号の月周回旅行(1968.12.28)
| 米国の宇宙船アポロ8号が人類初となる月周回飛行に成功したことを受けて、屋良主席は、米国大統領のリンドン・ジョンソンと、次期大統領のリチャード・ニクソンに宛てて祝電を送りました。
1968年12月28日付の祝電案には、「全人類の夢を大きく開拓した米国の勇断と科学技術に対し沖縄県民を代表して心から賞賛と敬意を表明いたします」とあります。 |
![]() |
ランパート高等弁務官の就任に対する主席談話(1969.1.28)
OHK放送センターの落成式(1969.4.12)
1969年4月12日に行われたOHK[沖縄放送協会]放送センターの落成式での屋良主席の祝辞です。
憲法記念日(1969.5.3)









