沖縄県公文書館 復帰50周年企画展

軍用地政策の変遷

深堀セクション5

ワシントン折衝と島ぐるみ闘争

 

ワシントン折衝と島ぐるみ闘争

布令109号による軍用地の強制収用に続いて、軍用地料一括払いの方針が発表されると、沖縄側は、事実上の土地の買い上げにあたるとして強く反対。 1955年5月、米国議会に直接訴えるため、ワシントンに代表団を派遣します。その結果、同年10月に米国政府下院軍事委員会の調査団(プライス調査団)が来沖。沖縄側が訴える「四原則」*がかなうのではと期待が高まりますが、翌年6月に発表された調査団の報告書(プライス勧告)は、その期待を裏切るものでした。これをきっかけに軍用地問題は「島ぐるみ闘争」へと発展していきます。

*「四原則」:適正地料、地料の毎年払い、新規接収反対、損害の賠償

そうした状況にもかかわらず、1957年1月、軍用地料の一括払いと新規接収は米国の最終方針であるとの発表がなされ、続いて2月には布令164号が公布されます。布令164号が規定した「限定付土地保有権」は、軍用地料の一括払いを行うものであったため、沖縄側の反発はさらに強まり、ついに米国は軍用地政策の見直しに着手。翌58年 7月、ワシントンに沖縄代表団を招聘し、協議の結果、軍用地問題は現地沖縄における折衝で解決をはかることになりました。そして、8月から11月にかけての現地折衝で妥結された「新土地政策」が実施されることで、軍用地問題は一応の「解決」をみることとなります。

ワシントン折衝

資料㉛ アメリカ合衆国政府使用土地関係

米国派遣議員報告

琉球立法院による代表団への激励決議や、渡米した議員からの電文などが綴られている。

作成:琉球政府立法院行政法務調査室、1955

資料コード:R00158458B

「渡米土地代表団よりの電文」

渡米した代表団から届いた電文

 

プライス勧告

資料㉜ プライス勧告とその反論 沖縄軍用地問題

まえがきには、プライス勧告は「まことに遺憾千万」で「絶対に容認できない」、「プ勧告によつてもたらされた而もこれから派生する諸種の問題点を披れきし、又今後この問題に対するよりよき理解と協力を求めるために本書を発行する」とある。

作成:四原則貫徹実践本部

資料コード:R00020577B

「米国政府下院軍事委員会 特別分科委員会報告書」

(プライス勧告)

米国は無期限に必要とされる財産等について、「絶対所有権(フイ・タイトル)又は絶対所有権に近似する権利」を得ること、その際は「財産の公平な全価格が支払われるべき」として、一括払いを支持した。

「プライス勧告に対する反論」

沖縄側が「最低の要求として掲げ」た「四原則」に対して、プライス勧告は「全くわれわれの意に反したものとなった」と述べている。

 

2度目のワシントン折衝

資料㉝ 軍用土地問題の経緯

序文には、軍用地問題に関しての「総合資料」として、「解決までの経緯を集録」したとある。現地折衝の経過や関係法令の解説などを収録。

作成:琉球政府総務局行政主席官房情報課、1959年6月

資料コード:G80001320B

 

「アメリカおける土地問題の折衝経過」

1958年6月の2回目のワシントン折衝の様子が安里積千代により記されている。

 

 

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