戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1949年01月05日 
(昭和24年)
会議名
軍民連絡会議 1949年1月5日 目録詳細 画像を見る
議事録
軍民連絡会議〔自由経済・特売店設置見送り・物価〕

  一月五日(水)午前十時
  出 席 志喜屋知事、又吉部長、島袋官房長、當間部長、比嘉局長(通訳)、富名腰課長。
  軍政府 マーテン中佐経済部長。
諮詢事項
 軍政府
  ウエッカリング准将が来られた時、経済上の件を進言したが経済部で俸給や輸入物資を何々入れるか、及値段等研究中である。
  商務から出した統計によると俸給の制限を解かなければならないが、現在では特別売店を設置しなければならない。マック司令部の琉球局で日本から入れらる品物の値段等も討議した。
  弗・円の為替相場も決定しなければならない。
 ◎其計画はグリーン大佐から知事に発す。
  軍としては凡て俸給の統制をせず自由経済にやりたい。純自由経済に行くには当分暫定的措置として俸給を統制しなければならない。故に特別売店を設置する。
 ◎ウエッカリング准将一行の注意により、グリーン大佐は軍労務者のみに特売店を設け、民政府職員は増俸して一般民と同様にしたいと。
  アクトン様から民政府収入の計画について知事へ文書が来る。
 志喜屋知事
  現在の歳入では民政府は物価に応じて増俸する力はないが、軍政府でも御存じであらうか。
 軍政府
  補給部・財政部から特売店は困難との説があって、特売店は設けないことになった。補給部としては輸送と物資の関係から困難と見て居る。
 ◎輸入物価は二月から上るだらうと思ふ。米・メリケン粉は現在の十倍程になる。
 志喜屋知事
  物価が安定して居ないから徐々に上げられたい。
  民政府職員平均級は三八〇円だが、五人家族で俸給を五倍にしても米のみでも買へないことになる。
 軍政府
  商務隊長の考では一人一日一円の生活費と見てやって居る。
  米は本島生産品の値の六、七倍に上げて居る。
 志喜屋知事
  本島生産品が値下りすれば米国物資も値下りするか。
 軍政府
  当然値下げやる。
  来年度からは一七%の配給の予算であるが、大島・先島に行く物資を沖縄に四、五を移して25%程にしたい計画をして居る。
 當間部長
  日本は米を廉価にするため保護政策をして居たが。
 軍政府
  一ポンド二十円を十円にしたら如何。
 志喜屋知事
  二、三倍にして徐々にされたい。
 當間部長
  若し民政府職員の増俸が物価に応じて上げ得ない場合は、軍から補助でもやって貰ふかどうか。
 軍政府
  民政府の歳入が物価に応じて俸給を上げ得なければ、文書を以て補助方申請をされたい。
 當間部長
  水産試験場の船舶の修理方をお願ひします。
 志喜屋知事
  ネルソン様が布哇へスポイル払下げの件で行ったが如何なりましたか。
 軍政府
  成功して喜んで居る。私から友人に頼んだ南洋方面のスポイルも成功した。支那に売ることを打切ったから沖縄のスポイルも貰ふことになった(スポイルは機械器具類のこと)。
 ◎軍で使って居る雇用員の賃金は弗で支払ふことになって居る。其弗を以て日本から物資を購入して入れる。
上へ戻る