戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1948年07月13日 
(昭和23年)
会議名
軍民連絡会議 1948年7月13日 目録詳細 画像を見る
議事録
軍民連絡会議〔市町村制・建築・塩田〕

  七月十三日(火)午後二時半
  出 席 志喜屋知事、又吉部長、島袋官房長、比嘉局長、富名腰課長。
  軍政府 ラブリー少佐、リンベー中尉。
諮詢事項
 軍政府
  新興養鯉会社設立の件認可。
  三洋水産株式会社設立の件認可。
  (右両文書共定款英文は添付してないが提出原文通り認可)
  琉球経済会議に関する件。七月十九日から開催の予定であったが、通貨切替のため延期す。決定次第通知します。
  交通事故。
  情報資料はクレーグ大佐に提出してあるが、未だサインしてない。済み次第持って来る。
  先日話があった那覇市の地図(一哩以内禁止地区)未だ完成して居ない。出来次第送ります。
 ◎勝連平敷屋の水分与の件。中途で住民が既に田に引いたり民家に引いたりして居る(許可もあれば未許可もある)。
  此前船が四隻入港した時には水がなくて困った事があった。之以上住民への分水は難しい。
 ◎デリー沖縄(普天間在)の設備は譲渡したら、軍政府の管理下に於て成人教育情報課等の民政府一般で使用し、尚時間等を決めて新聞社等にも使用させ、使用料を取ることにする。電動機や部分品が不足で充分に使用出来ない。
 ◎キャステロキャンプの職員の食糧に関する件。
  職員の食糧代は其給料から差引ことになって居るが、差引かれて居ない。又職員の中で家でも、キャンプでも配給を受けて居る者が居り、二重配給を受けて居るのではないかと思ふ。調査されたい。
  七月分から間違いなく食料代を給料から引くこと。
 ◎先に市町村制を発したが、其中には罰則を設けてあるから新しい指令を発しないといけないことになって居る。違反する人があった場合依るべき指令がないと罰則を適用し難い。
 ◎財産管理課の管理人を任命しつゝ人を通して他の職員を任命して貰いたい。
  同課の旅費・予算は計上して居ないから、軍管理課の調査員と一緒に行って調査したらよいと思ふ。
 志喜屋知事
  アニーパイル劇場付近の建物の件。新城と云ふ人が口頭許可をホートン大尉から受けたとのことで、建物を移さないとのことで市でも困って居る。
 軍政府
  一部建築始めた家は完成してもよいと命令を出した時には、新城氏は写真屋を設けてもよいと云ふ許可を受けて居り、又其時は建物も一部始めて居たが、後で其家を少し移したに過ぎないとのことである。
  同地域は軍補給部のチエース大佐へ移されて居るから、同大佐が如何なる措置をするか判らない。
  それまでそのまゝにして置く様に。
 志喜屋知事
  小湾の塩田に関する件。
  前に移動を許可された所であるが、軍施設から一哩以内にあるため、移動許可を取消されて居る塩田はそのまゝ引続き使用することを許されて居るが、家と塩田とが離れて居ては製塩者の方が不便であるから、其人々の家だけでも建築することを許可して貰いたい。
 軍政府
  イーグルス少将の命令であるから仕方がない。一哩以内には部落の建築は無論禁じられて居り、既に建設された部落の中にさへも新建築は許されて居ない。
  泡瀬付近の家は移さなければならないことになって居るが、何時でも掃除をきれいにし溝も何時でも流れて居る様にし、蚊の発生する危惧がなくなれば、或は少将は心を更へてそのまゝ許すかも知れない。
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