戦後初期会議録

組織名
奄美民政議会
開催日
1950年03月22日 
(昭和25年)
会議名
第2回民政議会
議事録
第二回民政議会議事録

一九五〇年三月二十二日
 政庁内コンセット(打合せ会)
第一日
 一九五〇年三月二十三日 右同
第二日
   〃  〃 二十四日 右同
第三日
   〃  〃 二十五日 右同
   〃  〃 二十六日 休会
第四日
   〃  〃 二十七日
       政庁内コンセット
第五日
   〃  〃 二十八日 右同

議 題
 一 酒税に関する件
 一 宅地地料、家賃、協定価格設定の件
  出席議員
   大野 重隆
   祷  清二
   叶  實統
   鬼塚 眞臣
   坂  富積
   山下 平志
   川井 順英
   吉松 軍八

  午前十時十分開会(第一日目三月二十三日)
◎吉田 それでは只今から第二回民政議会を開催致しますが、議題に入ります前に知事さんの方から沖縄の状況を御報告致します。
○知事 (速記省略)
  (川井議員の提案に依り重村財政部長、沖縄民政議会職制朗読)
◎吉田 それでは議題の方に移ります。酒税に関する件に付いて。
◎重村 それでは酒税に付いて皆さんに説明しまして後でいろいろ質疑応答なりやって行きます。先ず茲では自家用酒の醸造を許しておりましたが、今度は全面的に自家醸造を或る程度処理致したい、其の事に付きまして一応私の方から御説明致したいと思います。本諸島の自家醸造を許しましたのは一九四七年からだと思います。其の結果いろいろ是正もやって居りますが、其の自家醸造を認めた大きな理由は戦争中酒造業者の施設が大分破壊され其の結果しかも一般の食糧が非常に欠乏しました結果業者に依る酒造が醸造が非常にむつかしくなった、従ってその酒の供給量が非常に少くなったけれども反面に於て酒の需要と云うものは非常に旺盛でありまして、其の結果各家庭に於てだんだん酒の密造が始められるようになったのであります。それで取締り当局と致しましても一方で必要な酒を供給しないにかかわらずこの密造を徹底的に取締ることは非常に不合理なことでありまして、その当時に取締り当局でもその面では非常に苦心しておったのであります。その結果全面的に取締ると云う事ができないと云う結論に達しましてそれでは一応暫定的にこの業者の施設が復旧し原料が一応いれられるまでに暫定的に自家醸造を認め、従ってその方面から政庁の歳入があがるぢゃないかと云うことになりまして暫定的なものとして一応認めたようになっております。しかしこの自家醸造を認めると云うことは私達が考えていることは世界の何処でもこう云う制度はないのでありまして恐らく本諸島としてもまことに世界に類のない話でありますが、その結果現在までの状況を考えました結果良い結果をもたらしているものとは思えないのであります。即ちこれから来ます処のいろいろの弊害が起るのであります。先ず第一に一番大きな問題はこの食糧不足が叫ばれている時に米麦と云ったような主食がこの方面に消費されております。更にその上に本諸島農民の換金作物の黒糖が多分にこれに消費される結果を生んでおります。同じ原料を使って大量の収量を期します場合に、そう云う原料を使うとうんと余計大量にとれることが云えると思います。それから二番目の弊害と致しましては飲酒に依る傷害事件が多くなって来ております。これは自家醸造でいくらでも自由勝手に造れる結果未成年者でも酒を飲む。従ってまだ一定の常識をそなえない者が酒を飲んだ結果、非常に喧嘩が多くなる傷害事件も生じて来ると云うことはこれはすでに一々皆さんが茲で例を挙げるまでもなく御存知の事だと思います。次の弊害と致しましては非常に悪い酒と良い酒が出る反面に悪い酒も多い。例えば鉛を使う関係で(醸造器に)非常に鉛毒が入っているように思える。この方面も自家醸造をこれから私達が計画しておりますようなことになるとその被害が防げるのではないかと思っております。第四番目に租税の収入の面から四八年度の自家醸造を許した当時から一升の税率は十円であった。その総額は百五十五万四千円になっております。処がその後本年の琉球列島を通じまして税率は一升三十円になっております。一月末現在に於て酒税収入百六十九万三千七百円でほとんど十円の場合が(とカ)それからその三倍が酒税の上で大した差はない。しかしそれは酒の醸造、酒が少くなったのではなくしてそれだけ課税されていない、もっと極端に云うなら脱税が多いと云うことになると思います。要するに租税面から良い結果になっていない。もう一つ自家醸造の場合の酒税の徴収方法を一応割当制をとらなければならない。何故なら自家醸造の場合その製造高の実態がわからない。各戸それぞれに対して一応割当をしなければならないと云う風な結果になりまして、その結果これ等の決定に対しては人頭税的なものになる傾向がある。従ってこれはいはゆる消費税でありまする以上消費する人が負担すべきである。そうでない人に負担させる欠陥がある訳であると思います。大きな欠陥と致しましてはこれ位のものだと思いますがこう云ういろいろの欠陥があります。もちろん先程申しました自家醸造の良い点は良い原料を使うから良い酒も造られると云うこともあると思いますが、その点も将来税務署を通じていろいろ案を検討して行ったら必ずしも修正出来ないことはないと思います。長所より欠点が多い自家醸造を修正して行くことが将来の本諸島のために良いぢゃないかと思いますので皆さんのお手許に配りましたように何とか自家醸造に関して何らかの処置を考えた訳であります。先ずそれをお手許に配りました案を一応御説明致しますが……。
  (政庁案朗読)
 名瀬なら名瀬に現在四カ所で免許を取っている醸造業者があるとした場合その業者だけで名瀬の需要を充たし得る場合も名瀬に対して自家醸造的な過度期に於ける部落に対し免許は認めない。しかし若し大和浜で一軒も酒屋がないと云う場合に対して充たし得るだけの設備に対して許可して行きたいと云う風に考えております。それから原始的製造器具で製造している。これはいはゆる過度的なものと思いまして一度に立派な醸造器を施設すると云うことはむつかしいから従来使っておりますこしきを使って免許をあたえる。その場合封印設備をして一々税務署員が来て醸造量を検査すると云うことにしたいと思います。これは酒税法第十五条に五十石以上製造しないと免許を与えないと謳ってありますが、一応今さっき申しますように原始的製造器を使いましても五十石程度は難しいと思う(年産)これは一応適用しない。酒造法(ママ)第十五条の条文は適用しないと云う意味であって、これに対して将来最低石数は或いは決めなければならないのではないかと思います。全然造らない者に免許だけを与えると云うことはしないことが良いんぢゃないかと思います。それから免許製造業者に販売免許を与える、従来もそうだったと思います。この点は取締りの面からこの密造酒をつくったりした場合取締りがむつかしい。一方で免許商の酒を買い一方で密造の酒を買った場合その反面に免許を取った者が売る場合の規定がある。或る程度是正したいと思う。一つの部落に対して百軒に対して一つの販売店と云うようなものを一応制限したいと思っております。それから免許を取るのは一年間と限っており一年以後再び免許をとろうと思ったら正式に施設をやってもらいたい、そうでない限り一年間で免許を取消す。原始的醸造器使用者に対する製造免許に対する担保は必要としない。これは酒造法(ママ)で免許を与える場合担保をとるようになっておりましたが、茲では認めないでも良いだろうと見ていれてありますが、それに該当しない者に免許を呉れると云うことは徴税の面から非常に困難になって来る。或る程度担保をとらない限り二人三人保証人を立ててもらいたいと云うことになっております。免許を受けない処の人が現在原始的なこしき(ツブル)を持っている人がすべてですからこれは一応税務署員が各村に参りまして一応本人と交渉の上それを保管します。警察派出所に保管してもらってその使用可能のものは醸造上に適当の数の器具を税務署が斡旋する。若し不適当なこしきを使えない者は本人と協議の結果これを破棄すると云うことにしたいと思います。大体以上の方針で進みたいと思います。いろいろ御質問なり御意見なりありましたらおききしたいと思います。
○里原税務署長 今度の自家醸造廃止問題に対してちょっと御説明申上げます。酒造免許を現在郡全体で免許を受けているのは二十二カ所、そのうち六カ所現在休業状態になっております。実際にやっている処は十六カ所やっております。地域別に申上げますと名瀬市五カ所、古仁屋が二カ所、笠利が一カ所、徳之島が五カ所、永良部が三カ所、与論が一カ所、喜界が二カ所、こう云う風になっております。それで今度新規免許の余裕がある処は大和村に一カ所宇検村に一カ所西方村に一カ所実久村に一カ所鎮西村に一カ所古仁屋に一カ所住用一カ所竜郷一カ所笠利一カ所喜界に二カ所早町一カ所東天城一カ所天城一カ所宇検(ママ)一カ所この十五カ所に新規免許を附与する予定でおります。その方法はさっき部長さんからもおっしゃられた通り在来一般で使用していたこしきを全部集めまして鉛製の鉛毒を含んでいると見られる正式でないものは全部本人立会の上で破棄してもらいます。そうして錫製の完全なものだけ一応署としてあずかります。そうして免許を附与する方と一応本人と協議の上で貸借させまして一年間のその日時を以てやりながら一年間で最初免許を打切って一年後正式な設備が出来て正常な営業をやっていける方に免許を与える方針でおります。それで大体今までの村別の割当或いは戦前の消費税、現在の消費量を統計的な面から見まして将来を考えて見た場合に自家用酒はどうしても廃止しなければならないと云うことになっております。それでその面は実際の面からにらみ合しましてこう云うようにすると説明申上げます。現在まで一九四九年度の実績で御座います。業者が作った石数四千八百九十七斗八升三合になっております(名瀬だけです)それで名瀬の人口が二万九千九百六十八名おりますが、一人当りの消費量は一年間に一升六合三勺になっております。戸数に直しました場合に名瀬の戸数が七千四十二戸あります。一戸当り一年間の消費量が六升九合五勺になっております。名瀬で現在自家用酒を完全に認めていない名瀬だけ実際の消費量から致しまして全郡の統計をパーセンテイヂで出しました場合郡全体の総人口二十二万七千九百三十三名おります。それで名瀬市で一人当り一升六合三勺一人当りを郡全体に直した場合三千七百十五石三斗七合となっております。戸数が郡全体で五万一千六百九十五戸あります。戸数に直した場合は少し減ります。それで去年のこの実績から見まして宇検、古仁屋、古仁屋或いは笠利、竜郷方面から名瀬に入った酒が大体名瀬で製造した製造石数と同じ程度の数が入っております。そうしますと現在の郡全体から出た三千七百十五石の約倍消費していることになります。それで結局全体でどれだけ消費量があるかと申しますと三千七百十五石の倍七千四百石と云うのが現在の大島の数字になっております。それから戦前の統計を申上げます。戦前の昭和十年から十七年までの統計で御座いますが大体内地から入った清酒、ビールこれを除いて大島でつくった酒或いは沖縄から来た焼酎、沖縄の泡盛これだけの消費量が(郡全体で)四千三百五石一斗になっております。一寸待って下さい。これはまちがいで六千百十一石になっております。それで一人当り消費量が一斗二升四合になっております(一戸当り)一人当り三升一石(合カ)になっております。その当時の戸数が四万三千百三十一戸、当時の人口二十万二千七百名、それでこの統計は人口が少い上に実際の実績はこれは内地から清酒、ビールを除いた大島の酒沖縄の泡盛だけの統計であります。それで先の話で御座いますがさっき部長さんからお話がありましたが、当分の間取締りの面からしまして郡全体に□□これをやった場合現在の人間をいくら増やしてもやって行けません。ほとんど今の自家用酒の半分位はさっき申上げました一カ所(各村)で間に合はん場合は次々にその状況を見て許可して行く、それで最初さっき申しました処で承認してもらうと云う風に御承知を願います。それからその製造石数の最低を月に二石まで制限してもらいます。大島郡は余り原始的な器械を用いますから酒税法の通りやると云うことも困難でありますし余り免許を受ける人が造っても造らなくても良いと云うことになりますから取締りの面から最低二石と云うことにしてもらいます。それ以上は百石でも二百石でもけっこうです。この一応皆さんに御相談致しましてやろうと思っておりますが、小売販売免許を附与した場合いろいろ取締上不都合がありまして署と致しましても苦労しておりますが、一応製造許可を附与した方はその場から販売すると云ったようなことは酒税法から出来ない訳ですが、販売なさる場合は卸製造業から直ぐ宜しゅう御座いますが、小売販売は一応担保を求めその担保が認められてから、製造者の面から行きますと一応自分で製造した分は自分が引取ってから自分で販売する結果になる訳でありますが、卸小売と違って別個にしようと思っております。後でこの面についてその次の製造者のない部落に小売販売免許を附与する。これは署としましては部落に一カ所と云う風に原則として決めまして部落の多い処はその実情に応じて二カ所乃至三カ所に附与すると云うようにしたいと思っております。大体署と致しましては、実際の執務上の監督と或いは取締りと云った面からしまして余り多すぎても少くてもいけないから、またその他の都合でこれにも制限を加えたいと考えている訳であります。私の説明はこれだけであります。何か御質問があったら…。
◎坂 新しく出来ました喜界が二、早町一と云うのは従来からすでに喜界は二カ所あるから喜界、早町の四軒と云うことになりますが、何か根拠がありますか。
○里原 喜界は現在二カ所あります。これをこめてです。
◎坂 今の四地区ですね。税金関係で無理のいかんように認めないなら四地区は同歩調を取っておりますか。
○重村 いや、それはこっちだけです。
○中江 私から御参考までにお話しますと沖縄地区の酒税が向うは昨年の実績が二千数百万取っている(今年)それで四月の会計年度で三千万円程度あがっているのであります。そうしますと徴税額の面から見て余り均衡がとれていないと云うことが指摘されるのであります。
◎祷 天城は原始的醸造器具を使用云々と云いましたが……。
○里原 天城は現在一カ所申請中です。天城は大きいですから最初一カ所にして後の状況を見て許可しようと思っております。原則として各村に一カ所と云う風にして伊仙、天城とかああ云う処は状況を見て漸次やる方針です。それから前にありました納税保証人を二名必要とする。これは現在までの実際面から見まして担保を提供せんでやりますと酒を作っていたらいつでも税金をほったらかす。相当困っている状態でありますので先ず保証人を二名位おいて納税しない時は保証人に納税してもらうと云うことにします。
○重村 (イ)の各部落の需要とあるのを各村の需要を充たすと直して下さい。小さい(ニ)の免許石数は月二石とすと直して下さい。それで現在の製造者が最高能力を発揮した場合新規業者が月二石位造ってもらった場合、大島郡全体で二千五百石にその線に大体近くなって来る訳であります。それから以上になるか或いはまた二千五百石になるか実際にやって見んとわかりません。大体現在までの能力はこう云った点から推察致しまして大体二千五百万石(二千五百石カ)まで製造可能であると云う見通しを署としてとっております。
◎山下 二千五百万石(二千五百石カ)は当り前の許可を持っている人々でやると云う意味ですか。
○里原 名瀬の製造予定は現在二カ所であります。それで名瀬だけで大体二千石造ると云う風に見ております。現在四百八十九石になっております。名瀬なんかは現に自家用にしているから自家用酒は絶対出来る、各町村から持ちこんで来ておりますが、従来取締りの方面からしましても相当あらゆる手を使って入って来るから監督が出来ない。その儘放置したようなことになっております。推定されんと云うようなものも相当あったようです。最高能力を発揮したら名瀬だけは出来ると云うことを業者がはっきり云っております。
  (以下質疑応答が混乱して正会、協議会の区別がつかないため速記を省略す。)
○里原 それは製造業者がいるけれども向うとしては製造業者は大きな店を持っているから業者の方としても同業者を余り増やさんと云う意向が見えて向うは六十石造ることは認めていない。新規業者を加えて五千石、三方が百二十石、大和が九十三石、宇検百二十二石、西方七十石、実久八十七石、鎮西百二十七石、古仁屋が二百十八石、住用が七十七石、竜郷が百五十六石、笠利が百八十七石、喜界が百七十五石、早町が百二十一石、実久が百九十九石、東天城が百七十一石、天城が二百十石、伊仙が三百十五石、和泊が二百二十石、知名が二百三十五石、与論が百十九石、十島が四十九石それで業者のものを大体六割程度は可能だろうと見ております。
◎吉松 五〇年度の業者の造った酒の総量はいくらですか。
○里原 田舎の方はほとんど造っておりません。わずかなものです。それを全部加えたら五百石です。今まで自家用酒のなには石数が五十石いくらしか出ておりません五百石です。年にですから実際の酒税法に基きますとその十割位と云うことになっております。名瀬市で五百石ありますから全部で大体五倍以下造っております。
◎川井 一寸お伺いしますがこれは廃止と決定しているからこれに余裕がまだあるか廃止していけないとしたらそう出来ますか…。財政面から考えてこれを主としてやらなければ出来ないから廃止することを軍から指示されました。その方針でわれわれは審議して行かなければならないのですね。
◎祷、叶 一千四十四万を補填すれば良い訳ですね。これを廃止しなくても良い訳ですね。
◎山下 前酒造年度に於ては税金が百五十万四千円ですね。百五十万円そうすると五〇年酒造年で百六十四万、そんなに違うのはどうした訳ですか、需要があったんですか。
○里原 現在自家醸造酒に対して賛成者、反対者が半々ありますが反対者が多い訳です。少くなった理由は各村から自家用酒、酒は作らんでも全部割当てる市町村には救護者が沢山おります。最初それを頭割としました。各町村の申入れに依って救護者を除いた訳です。除いた上に税金の最高が十円三十円のうち同じ程度になっているのであります。一昨年の滞納がまだあるのです。
◎山下 どの村がそう云うように反対して入れていないのですか。
○里原 納入成績は数字的に覚えておりませんが資料を持って来ておりませんが、一番成績の悪いのは竜郷、笠利、伊仙、天城、亀津それから古仁屋、実久大体そう云った処が一番成績が悪いようです。一番成績の良いのが喜界二カ町村、永良部二カ町村です。与論もです。
◎吉松 協議会に入る前にこの酒税につきましてはこれから協議会に入って議員が協議をしてから本会議で審議したいと思います。その前にちょうど年度末でありますから五一年度に対する知事の施政方針全般について今議会で後でお伺いしたいと思います。細部にわたって説明して頂きたいと思います。必要とあれば各部課長から助言されても結構だと思います。これについては当然予算の検討も致さねばなりますまい。歳入歳出共にそうした今度決った酒税なんかも議題に上るべきと思います。準備の都合が御座いましょうから後で宜しいから予算全体について検討致したいと思います。それと同時に酒税だけでなく他の税制の問題についてもこの機会に討議しておくべき事だと思います。そうしておしまいに各行政部門に対する要望或いは意見具申など致したいと思います。その予定を持って今度は年度がはりでありますから会議が永引いても是非こう云ったことを説明して行きたいと思います。これから協議会に移して議員の間で意見の交換を行いたいと思います。
◎大野 財政部長にお伺いしますが、消費が千五百石で最初が千四十四石と申しますと約三千五百石になりますが予算はどうですか。
○重村 最初から正確に歳入をあげようと如何に厳重にやっても正確に取ることは難しい。多少余裕を見てある訳です。
◎屋田 それでは地代家賃問題について御説明申上げます。御承知の通り昨年の夏に各町村別に地代家賃を協議してもらってそれを政庁を通じて政庁に報告してもらうと云うことになったのでありますが、そのうち地方の約九カ町村位は参っておりますけれども最もこの問題の大事な名瀬、古仁屋が決定を見ておりません。皆さんの御意見を承って軍政府とも折衝して何とか善処したいと思ってこの問題を提出する訳であります。その他名瀬、古仁屋の本問題に関する現在までのいきさつを御説明申上げたいと思います。先ず名瀬でありますが、名瀬は前後四回にわたって地主側及び借地借家人やら第三者委員おのおの八名ずつ二十四名で会合しているようでありますが、一向その会議が進まずに第三者委員を除けて直接貸す方と借りる方だけで交渉さして呉れと云う要求が借りる方面から来ております。その理由としましては第三者は借りてもいない、貸してもいない、自分の土地自分の家に住っている人でありましてそれは家賃なり地代があがることを好む。従って家主或いは地主の方に味方する傾向が強い。こう云うような趣旨から第三者を廃してくれと云うような要求が参っておりまして会合は持っておりますものの具体的に幾ら位が適当だと云う案は全然出ていないのであります。本会議にかけるためにそれではその三つの方からそれぞれの立場から案を出して呉れと云う風に要求したのでありますが、昨日その案を作成するために最後の会議を開いておりますけれどもそこでは意見がまとまっておらずに結局は名瀬の方は何ら資料が出ていない訳であります。一方古仁屋の方は数回にわたって会合を開いておりますが結論から申しますと借りる方と貸す方とそれから第三者の方で或る開きがありますがそれぞれ案が出ております。最後の会議では借りる方はなおこれから会議を進めても宜しいと云うような意向だったように報告では見えておりますが、貸す方が自分達はこれ以上ゆずることは真っ平だと云ったことでつい決裂をしているようであります。その三者の案と云うものが茲にありますのでこれを御参考のために申上げようと思います。一級の土地でありますが地代は商店街、住宅街に分けまして貸す方は商店街を十円(月一坪)住宅街五円、それから借りる方はこれに対しまして一円五十銭を主張しているようであります(商店街の方です)住宅街は決めていないけれども第三者側は商店街を六円を主張しており住宅街の方を三円を主張しております。二級地が商店街が今の順序で申しますと九円、住宅地(街カ)が四円五十銭、借りる方は商店街一円三十銭、それから第三者の方は五円五十銭、二円六十銭、三級商店街八円、住宅街四円二十銭、借りる方は一円二十銭、第三者四円五十銭、二円六十銭と出しております。四級商店街七円、住宅地(街カ)三円九十銭、それから借りる方が一円、それから第三者側四円、一円八十銭、五級の商店街六円、住宅街三円六十銭、借りる方八十銭、第三者三円五十銭、一円四十銭、六級商店街なし、住宅街三円三十銭、第三者一円それから七級の方が住宅街貸す方が三円借りる方七十銭、工場地帯と云うのを設けて貸す方が三円を主張しているようであります。こう云うように大体三つの側からの資料は出ておりますがさっきも申しましたように全部の意見の一致を見ていないようです。結論としましてこう云うような要望があった訳でありますが借地人から要求が出たのでありますが、価格協定問題は現下の経済状態下に於ては到底公定価格廃止の最高二円程度が至当ではないかと考える。この際政庁当局に出しているような程度の価格に漕ぎつけた上御指示を仰ぐよう取はからい願いたい。それから中立委員の示した料金は認めるがそれ以外は断乎として承認しないと云う意味のことを云っております。家賃の方は全然触れておりません。
○中江 低物価統制経済時代にあらゆる物価価格を決めた、それを自由経済に移行した時に大部のものは廃止した。しかるに家賃地代こう云うものの枠が外されていない。茲に問題が起っているのであります。従って借りる方は公価と云う価格が決っているからこれを厳守しなくちゃならぬ。貸す方の意見は他の物価が統制の枠がないのにこれだけ縛られているのは受取れない。また他のものの云い分もいろいろあるんですが軍政府の意向としては現在の規定がある以上これは遵守しなければならない。状況が変っていることは自分は認める。早く民政議会にかけ諮問を経て解決をして呉れ、妥協が出来たら良い、こう云う意向であります。何としても此の際解決をのびのびにして放っておく訳に行かない。最後的に決定して軍政府に具申して行きたいと云う考えです。その方法はいろいろ問題がありますが要はこう云う問題が起っておりますのは郡全般を決めるか名瀬、古仁屋地区を単に決めるか、こう云う、ことを一つ、それに依って名瀬、古仁屋だけ決定したら良いと云う、それに向って行く。その決め方は価格は全部自由にして良いと云う意見が良いか、やはり一般大衆の経済に関係するものであるからそれだけは一定の価格を決めた方が良いと云うことを決めればそれに従って決めるが、決める方法としては今いろいろ説明がありました。要望を斟酌して独自的に決めて行きたい。何らかの基準が示されなければこの争いがいつまでも絶えないと思うのであります。その点を御諒解下さいまして何とか結論を見出して頂きたいと思うのであります。
◎祷 家賃の問題についてどの位の家賃にすれば資本家が金を出して貸家を作っても割に合うかと云う限度はどの位であるか調べて見る必要はないか。
○屋田 具体的に数字を出しておりませんが戦前日本では二十年でその費用を償却すると云うような標準で家賃を設定したようであります。こちらで具体的にまだ決めておりません。
◎祷 土地の問題ですが名瀬を歩いて見ると目抜きの場所に野菜畑がある藷畑もある。あれに所有権決定がないと云うことは今日の社会通念ですがね。あれを制限することは出来ないものでしょうか。また今制限するとすれば野菜はどんどん出ている藷はどんどん入っている。制限しても良い時期ぢゃないかと私は思うんですが制限する法律はないもんですか。
○中江 法律は作れば出来るんですが、結局は地主が貸しても採算が合うと云う価格でなければこの問題は解決がつかんと思うんですよ。法を主張されたら所有権を主張して来ますし中々難しい問題です。
◎吉松 協議会に移る前に低物価を廃止した際の軍政命令指示そう云った口頭指令があったら、その時の命令を今一度承りたいんですが廃止の時の……それを一寸読上げて下さい。
 協議会に移ります。
◎中江 午前の会議をこれで終ります。
  (正午。)
◎中江 それではこれから午後の会議にうつります。(協議会)
  (午後二時四十七分中江知事退場代って大野議員議長席に就く。)
  (午後三時十分中江知事出席議長席に就く。)
◎中江 協議会を終ります。大体話は出ましたから私の方で案を作らして明日の本会議にかけてそれを中心にしてやることにします。
  午後三時二十分閉会
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