戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1947年05月31日 
(昭和22年)
会議名
定例部長会議 1947年5月31日 目録詳細 画像を見る
議事録
定例部長会議〔税制・薪炭・住宅〕

  五月三十一日(土)午前九時
  出 席 志喜屋知事、島袋官房長、又吉、山城、當山、平田、比嘉永、糸数(商代)、池原(衛)、仲原(開拓代)、當銘(財代)、玉城、當銘、山田、護得久、安谷屋、高嶺(警代)、前門、工務(代)、比嘉秀、桑江、平良、松岡の各部長。
協議事項
 志喜屋知事
 ◎松岡部長が新聞で見られたとのことで豪州方面へ潜水夫送り出しにつき、レートン及ウイルソン両中佐にお願ひしておきました。
 ◎布哇からの漁具が到着し去る木曜日ウイルソン中佐臨席の下に授受式を挙げ撮影もした。
 ◎在布玉代勢法雲様からのお手紙によると布哇でも沖縄救済の財団法人が設立されたとのことである。
 ◎六月十二日(木)沖縄議会を開く予定である。
  選挙法に対し議員の意見を徴したい。
 山城部長
  宗教団体がミッションスクールを設立したいとのことで実現性がありますが議会に諮りますか否か。
 志喜屋知事
  議会に諮る必要はないと思ふ。議会の可否を諮る必要はないと思ふ。
 島袋官房長
  税制施行につき議会に御報告されたい。
 志喜屋知事
  議会で知事が挨拶した後直ちに財政部長から税制につき説明を行ふ。
 島袋官房長
  議会の時経済生活安定の組織につきても商務部から御説明されたい。
 志喜屋知事
  薪炭につき先日、工務・農務・商務・補給・貿易各部が協議した結果直ちに実施された様である。
  仲本為美氏、山田真徳氏、安谷屋久志村長及平良農連会長等を招致して極力国頭方面から出荷せしむべくお願ひしておきました。
  八重山の野田氏も来られて協議した結果、ウイルソン中佐から八重山知事宛労力協力の助言をされたいと。
  現在は大した心配はない様である。各村で奔走して居る様である。
 山城部長
  薪炭伐採に労力不足とのことであれば国頭地方のハイスクールの生徒を協力させたい。必要であれば各校に依頼状を出したい。
 志喜屋知事
  至急発送されたい。
 比嘉農務部長
  農連と薪供給者と懇談する考である。
 志喜屋知事
  工務部は林道準備をして居ますか。
 池宮城氏(工務)
  後程御回答します。
 糸数部長
  八重山との船の関係につき軍政府係隊長と話合ったら毎週定期船を利用出来るだらうと。
  八重山は甘藷があるから見返へり品にしたいと。
 桑江開拓長
  団体の薪は鋸屑を使用されたら如何。
 比嘉永部長
  国頭の可働者を動員して一週間四〇万束出す調査になって居る。
 島袋官房長
 ◎職員の住宅の空家は工務部と協議して処分することにしました。
  全宿所は解散しました。
 松岡部長
  各自の住宅は各自で暴風対策を講ずることにされたい。
 當山部長
  慰霊祭の報告。
  慶良間を礼拝し伊江島に行く途中故障で引返へす(五月三十日・木)。
  米墓地は伊良皆、野国、北谷から越来に行く途中、伊舎〔佐〕浜の四ケ所にある。
 當銘課長(財政)
  予算決算につき軍政府から請求があるので早く決算を願ひます。
  一九四六年十一月分二百万円余り残高。
 志喜屋知事
  民政府職員でも民政府が如何なる仕事を為して居るかを知らない職員が居るから各部長でよく知らす方法を講じられたい。
 糸数部長
  軍政府から発せられた経済政策の指令を見れば総ては解決が出来ると思ふ。
 志喜屋知事
  警察部からの報告によると各部が矛盾して居る様なこともあるから各部の連絡を緊密に計られたい。
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