戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1946年11月01日 
(昭和21年)
会議名
軍民連絡会議 1946年11月1日 目録詳細 画像を見る
議事録
軍民連絡会議〔都市計画・給与規定〕

  十一月一日(金)午後二時半
  出 席 志喜屋知事、又吉部長、比嘉翻訳部長、島袋官房長。
  軍政府 レートン中佐。
諮詢事項
 軍政府
 ◎那覇市の都市計画平面図を指示す。
  本部の表彰式の件。
  大東行の職員の家族の件。
 志喜屋知事
  職員の家族二十七名、外に在大東島の住民の家族三〇一人。
 軍政府
  其人名簿を来る火曜日に提出せよ。
  日本行の人々を一纒にして提出すること。来る金曜日迄でに。十一月中に終了したい。
 ◎之が最後の日本行である。
 ◎久志の伊江島の救助は許可になった。
 ◎特別給与規定の審議は来週火曜日に延期す。
  東恩納の倉庫は移さないことになって居る。
 志喜屋知事
  台湾に在る印刷機及活字を沖縄に取寄せたいが。
 軍政府
  支那政府のことで、知事から文書を以てすれば取継はする。
 志喜屋知事
  部長住宅の修理に釘やパイプがないと松岡部長は云って居るが。
 軍政府
  出来るだけ努力する。
 又吉部長
  帰還者の身寄のない者を纒めて働かしたい。
 軍政府
  各町村で集めてやったら如何。
 志喜屋知事
  森・宮良両氏の家族を来る火曜日に八重山に帰へしたいが。
 軍政府
  マチウス中佐に自身で交渉する様にしたら如何。
  軍政府としては家族(八重山伐採職員)であるから不賛成ではない。
 志喜屋知事
  當銘正端氏は家族を連れに石垣に行きたいと云って居るが(司法部職員)。
 軍政府
  司法部の隊長を通じて交渉させよ。
 志喜屋知事
  台湾に居るレプラ四十人の中十五人は沖縄人、残りは宮古・八重山だが、支那政府から引取れと来て居るが。
 軍政府
  支那政府の関係で該政府がやるべきである。
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