戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1946年08月02日 
(昭和21年)
会議名
部長会議 1946年8月2日 目録詳細 画像を見る
議事録
部長会議〔帰還者・賃銀・通貨交換〕

  八月二日(金)午前九時
  出 席 志喜屋知事、當山、前門、玉城、池原(衛生)、糸満(財政)、比嘉、平田、當銘、仲村、山城、糸数、又吉、安谷屋の諸部長。
協議事項
 志喜屋知事
 ◎七月三十一日副長官から呼ばれて注意を受けました。
  1 八月十五日から帰還するがそれに対する注意。
  2 船中には世話人、医者も準備し船中からラヂオで帰還者の氏名を放送す。
  3 久場崎に収容するが不足の場合はキャステルキャンプに収容する。二、三日しか収容しない。
   換金も考慮されたい。
   一週間に四、〇〇〇人宛の八回。
 山城部長
  帰還者に各部で仕事をやることにとのことであるがやってよいか。
   例 学校関係につき如何にするかと云ふことを話したいが。
 仲村部長
  キャンプに出入する係員に腕章と証明書を上げることにする。
 志喜屋知事
  クレーグ副長官の注意。
   1 指導者は正直にやって居る。
   2 住民は生活困難のせいかも知れないが盗みが多い。
   3 子供等が道路で遊んで居る様だが何等かの方法で取締りは出来ないか。特に学児に注意して居る様であった。
 當山部長
  子供の盗みが多い。計画的にやって居る様である。
 志喜屋知事
  此の取締りは殊に文教部で研究を願ひたい。
 ◎車は公用のみ使用する様にとの注意があった。
 ◎女が襲はれることが多いと。
 ◎斯る時は男の帽子や顔に傷を付ける様にせよと。
  女を尊重されたい。
  歩行は左側通行する様にと。
 仲村部長
  英語の立札の速度の字を日本文字に書替へたい。
 志喜屋知事
  副長官は時折民政府にも来たい気分を有って居る。
 前門部長
  司法部の主任将校が未決定の様だが。
 護得久部長
  海軍の将校が民に還へって銀行等を視て居る様だが如何なって居ることか。
 志喜屋知事
  副長官に農民復興計画案をお願ひしたら協力しやうとのことであった。ウイルソン中佐も協力しやうとのことであった。
  英語を勉強させよと米政府でも雇ふとのことであった。
 志喜屋知事
  帰還者が来ると各部人事の件もある筈と思ふから心の準備はされて置かれたい。
 池原課長(公衛)
  布哇から本日帰国した。
 護得久部長
  来る五日から二十五日迄で日本銀行の新円と交換することになって居る。
  補助貨幣は交換自由である。
 伊藝秘書課長
  官吏服務規定及懲罰規程別紙の通り提出す。
 當銘労務部長
  七月二十四日軍政府から日給案を提出せよと。
  別紙の通り提出す。
 比嘉部長
  農民にも技術があるから賃銀改正の時は可然取計らはれたい。
 安谷屋部長
  賃銀を最低四、八〇円とすると弱力も強力も怠惰者も真面目な者も一様になると困る。
  賃銀表を余り細かく分けない様にされたい。
 又吉部長
  工務・農務・警察協力して部長官舎の付近に小屋(農民部落民のもの)が建てられる様であるが之を建てられると困る。
 志喜屋知事
  先島統合案は軍政府からもう一度請求する迄で研究しませう。
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