戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1946年05月17日 
(昭和21年)
会議名
軍民連絡会議 1946年5月17日 目録詳細 画像を見る
議事録
軍民連絡会議〔移動・俸給〕

  五月十七日(金)午後二時
  出 席 志喜屋知事、松岡、玉城、平田、糸数、當山、當銘、護得久、比嘉、仲村の各部長。
  軍政府 ワトキンス少佐。
諮詢事項
 軍政府
  軍政府に提出する書類は英文二通と日本文一通、計三通を提出すること。
  日本語が分りにくい時があるから。
  人事録は如何なったか。
 又吉部長
  纒めて上げるか又は出来次第上げますか。
 軍政府
  纒めてからよい。
  最高指揮官の絵贈呈につきては軍政府では未決定であるから明日知らします。
  知事の方から警察部の写真機は未許可である。
  此所の建物は如何なって居るか(事務所)。
 松岡部長
  明日から着手します。
 軍政府
  伊江島の住民が久志に居るが、久志・伊江島両村長の連絡は如何なって居るか。
 又吉部長
  伊江島村と久志村長と了解の上伊江村も事務を取らして居る。
 軍政府
  配給は如何なるか。
 又吉部長
  糸数部長と相談して独立させたい。
 軍政府
  本部村に居る一〇〇〇余人の伊江島の住民は誰が世話して居るか。
 又吉部長
  本部村が世話しているでせう。
 軍政府
  那覇、読谷山、北谷の住民は如何なって居るか。
 又吉部長
  当分移動が出来ないから建設隊を組織して住民と連絡を取り乍ら待機して居る。
 軍政府
  北谷、読谷山、那覇の市村長は行政の責任はないだらう。
 又吉部長
  ない。
 志喜屋知事
  那覇、読谷山、北谷の移動は研究して陳情したい。
 軍政府
  軍政府としては出来るだけ許された所は移動させたい。
 仲村部長
  救済は受けたくないから早く移動させて貰いたい。
 軍政府
  陸軍が北谷、読谷山が必要と云へば軍政府としても如何とすることは出来ない。
  二つの都合のよい条件があった。
  一、米国よりの輸入を減ずる必要がある。それには住民に耕地を与へる。
  一、軍としては労務者が必要である。それには住民部落がなければならない。
 軍政府
  町村の役職員に俸給を支払ふが如何計画して居るか。
 又吉部長
  村職員は村費で支払ひ、不足分は救済し而して緊縮予算を以て編成すべく指令を発した。
 軍政府
  町村には五月中金がないことになるが。
 又吉部長
  銀行から借りることになるが。
 護得久部長
  五月分は貸出すことは出来ない。
 軍政府
  戦前は中央政府から補助したこともあったか。
 護得久部長
  村で出来ないものは国庫補助であった。
 軍政府
  村の職員に支払ふものがなければ中央政府で見るべきでないか。
  六月一日に俸給を支払はなければならないが、町村には金がない。銀行から借り得ないし、故に中央政府で借りてやらなければならないだらう。
  ローレンス少佐も其点ははっきりして居ない。
 又吉部長
  私も最後案は決定して居るが今話すと町村から請求が来るから。
 軍政府
  村の手持金があるのか。
  資金のない町村を如何にするかを計画されたい。
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