戦後初期会議録

組織名
沖縄諮詢会
開催日
1946年02月20日 
(昭和21年)
会議名
諮詢会協議会 1946年2月20日 目録詳細 画像を見る
議事録
諮詢会協議会 〔物価・バス経営〕

  二月廿日(水)午前十一時。
  出席  志喜屋、又吉、前門、安谷屋、糸数、大宜見、仲宗根、松岡の諸委員。
  公用他出 山城(糸満へ)、當山(羽地へ)、護得久、平田、比嘉(羽地)の諸委員。
  病欠 知花委員。
協議事項
 志喜屋委員長
  物価の件でありますが今朝経済小委員で協議したものを総会にかけてローレンス少佐に報告するのであります。
  米は小売八十五銭とす。
 仲宗根委員
  米以外の物価も米の値段に比例して下げて行かうと。
  米の値段を一〇〇として外の物価も之に準じて下げて行く。
  米の値段を基準として糸数委員の調査した生活費は、米、豆、油、塩、味噌、薪炭其外のものを含み、一ヶ月一一一円八五銭になって居る。
 松岡委員
  バス経営につき軍政府に明日報告提出をする事になって居ますが、今朝経済小委員の案は、株式組織にして半分は軍政府、半分は市町村とバス経営の従業員に割当てる。
 當山委員
  市町村に株を持たす理由は。
 仲宗根委員
  株式組織にやるので現在住民に持たす事にせず其代表者町村に持たす。
  一般住民に持たす事にすると猛競争が起る憂がある。
 大宜見委員
  軍政府に何故株の半分を有たすか。
 仲宗根委員
  軍政府とは工務部が執行機関になって居るから其実は工務部に有たす事になる。
 前門委員
  株式は人格がなければ株を有つ事は出来ないが工務部は人格があるや否や。
 松岡委員
  車は軍政府の車であり工務部は車の監督をする事になる。
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