- 組織名
- 沖縄諮詢会
- 開催日
- 1946年03月25日
(昭和21年)
- 会議名
- 諮詢会協議会 1946年3月25日
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- 議事録
- 諮詢会協議会 〔自治制問題・行政機構・部長人事〕
三月二十五日(月)午前九時半。
出席 志喜屋、又吉、山城、仲宗根、糸数、平田、大宜見、當山、比嘉、仲村、安谷屋の諸委員、護得久委員(中途より出席)。
公用他出 前門、松岡、護得久委員(軍政本部へ)。
病欠 知花委員。
協議事項
志喜屋委員長
壺屋方面を昨日行ったが地方では復興に活動して居る。諮詢会で議論ばかりでもいけないし今憂欝になって居るから又吉、仲宗根両委員も和解して是から皆でやって行かうではないかと思って居る。
それから、水産、農務、工業、商業、財政の五部長を選挙せよとの事である。
大宜見委員
海軍病院見学の報告。
病院は心身共に治療するの感があった。例、枕元にラヂオを据え置いてある。読書室、遊技室もある。
投薬は一回分宛コップに配って居る。
看護婦其他の人々が自分の仕事に誇を以て当て居る。
大宜見委員
委員長からもお話があった通り又吉、仲宗根両委員の問題は重大だからもー一度論じたい。二人は遠慮して貰って外の委員で論じたいと思ふ。
又吉委員
遠慮しますか。(席を退きますかの意)
大宜見委員
席に居られてよい。
比嘉委員
二人の論旨もはっきりして居るし諮詢会で其問題(自治制)に対し方針を決定したら如何。
大宜見委員
諮詢会としては誰も自治を否と云ふ人は居ないと思ふ。私は提案がある。
諮詢会としては出来るだけ自治を早くしたいと思ふ。決定したい。
全委員
異議なし。
志喜屋委員長
此程度で二人共和解して全委員協議の上で自治を速進したいが如何ですか。
全委員
異議なし。
仲宗根委員
又吉委員からは軍政府に自治尚早と云ふ事を進言してあるし諮詢会として自治を決議するなら其旨軍政府に通じたら如何。
委員長
諮詢で自治を協議して早く施行させたいと軍政府に話したら如何。
全委員
異議なし。
大宜見委員
又吉委員も軍政府に話して居ないと(自治尚早)の事であるから諮詢会から自治を請願したら如何。
又吉委員
私は私の案が良ければ提出しませうと私は云った。
志喜屋委員長
全委員一致の上で軍政府に出しませう。之でよいではないか。
當山委員
地方にも関心を以て居るから若し又吉委員が不用意にでも自治尚早と云ふ事を出したら沖縄建設に自治を早く施行した方がよいと云はれる様にされたら如何。
委員長からも建設の能率を挙げるために自治を施行した方がよいと申出られたら如何。
又吉委員
ワッキンス少佐もあの様な人格者であるし私も亦自分の人格を考へ今當山委員の云った事をワッキンス少佐に話した事はなかった、断言す。
私の案は現状の批判である。之を取り違へられては困る。
志喜屋委員長
自治を速進する事にしませう。
仲宗根委員
大宜見委員は自治を獲得すると云って居る。
諮詢会で自治の速進をすると云ふ事ですな。
それなら私も了解が出来る。
又吉委員
積極的にするか、軍政府からの請求にするか。
大宜見委員
自治を具申する必要があれば具申し、若し今必要がなければ、今具申しなくともよい。
志喜屋委員長
是非具申する必要はないでせう。
仲宗根委員
自治速進に皆賛成である。
早く自治を実現したい希望がある。
護得久委員
自治は重要問題である故に又吉、仲宗根両委員も論じたが、仲宗根委員が反駁書を以てやった事は感情を刺激する事になり又今後斯る例を残す事もいけないから仲宗根委員のあの反駁書を撤回されて貰ったら如何と思ひます。
仲宗根委員如何ですか。
仲宗根委員
又吉委員の案を研究したら其結果尚早論に反対であったので論議する事が出来なければ文書を以て応酬すると云ったら又吉委員もよろしいと云はれたので文書を以てしたのである。
私の論のみを引込めとは出来兼ねる。
理由は信念を以てやったから出来ない。
今後は斯る事をするなと云はれるのなら了解は出来るが。
大宜見委員
引込めは無理である此の意見が飛躍するならやってよい。
又吉委員の文書は自分の言論を補ふならよいと思ふ。
諮詢会の事を私上として論ずるならいけないと思ふ。
若し之があったら反省して貰いたい。
護得久委員
又吉委員の文書と仲宗根委員の文書とは意味が違ふ。
又吉委員は言論を補ふために書いたのである。
而して委員の賛成を得たのである。
其後も研究しようと云って居た。
私が感ずる事は諮詢会がある以上は互に意見なりが連帯責任を以てやるべきである。之を諮詢会の議場外に出す事はいけない。
仲宗根委員のものは議場外に出たものを撤回したいとの意味である。
撤回しても諮詢会内で論議は出来るから相成るべくは撤回して貰いたい。
若し今後も斯る事があれば黒白の争になる様な感じがせらるゝのである。
私の考を取違へられない様に御願ひしたい。
反省の上からしても今後の注意からしても御願ひしたい。
志喜屋委員長
口頭でも文書でも斯る自治に関する事は諮詢会で協議の結果の後話しませう。
全委員
異議なし。
志喜屋委員長
又吉、仲宗根両委員も之で白紙に帰へったら如何です。
護得久委員
仲宗根委員のやり方は第三者から見ると不当と思ふ。
撤回して貰いたい。
比嘉委員
撤回は形式ばかりで内容は残るのである。
安谷屋委員
護得久委員の意見には賛成であるが今後改め様と云ふならよいではないか。
當山委員
皆文書を以てやったら如何。
護得久委員
又吉委員の文書に応答したのがいけないと思ふ。
又吉委員
斯くの如く私の案を複写して地方に送って居ると実物を掲げ示す。
志喜屋委員長
全委員協議の結果実行すべきものは実行し、軍政府に申請すべきものは申請すると云ふ事にしたら如何ですか。
全委員
異議なし。
志喜屋委員長
宿直の方から、ラジオニュースを報道したら如何と云って居ますが。
護得久委員
ワッキンス少佐がラジオの据付はいけないと云はれたが如何なるものでせうか。
仲宗根委員
仲村委員の所で検閲してワッキンス少佐の許可を得たら如何。
護得久委員
財政部で各村長に配布するため印刷したら軍政府からいけないと云はれた。
山城委員
委員長が宿直員からニュースを聴取されて委員にお話なさったら如何です。
大宜見委員
委員長から宿直員に注意して貰いたい。巡視して居ない様です。
あちこちに街灯を点ずる事。
退庁の時は消灯する事。
又吉委員
各村長は地区隊長から任命されたが軍政府から辞令を出す事になって居るので其村の有志等と打合はせた。
越来外各村長名を列挙す。
首里市長はどうするか。軍政府は仲吉氏はいけないと云ってゐる。
護得久委員と二人で打合せしませう。
那覇市は當間重剛氏にしたらと思って居る。
玉城村長は徳元氏だが如何するか。
護得久委員
安次富氏がよいと思ふ。
安谷屋委員
護得久委員の説に同意である。
比嘉委員
土地分配方法につきては本日連絡会議後開きます。
志喜屋委員長
経済小委員会は明日午前九時から開きます御都合のよい方は傍聴して下さい。
仲宗根委員
救済の件報告。
町村の救済委員の給料は日給を以てす。
四歳以下の者は一、〇〇〇カロリーの救済をする。
當山委員
展覧会を四月二、三日開催します。
宜野座市から出品物の値に代るものを与へなければ蒐集困難だと来て居る。
護得久委員
山田真山氏のアトリエを取りもちたい。
(午后一時半)
出席 志喜屋、松岡、又吉、山城、仲宗根、糸数、平田、大宜見、當山、護得久、比嘉仲村、松岡、安谷屋の諸委員。
病欠 知花委員。
協議事項
大宜見委員
医師会報告。
産婆の再教育(名護、宜野座、中央病院に於て)。
学童の身体検査に歯科医。
マスイ薬は許可制にする。
護得久委員
通貨交換は四月八日から仝二十一日迄であったが軍政府は又四月六日布告して十五日から二十八日迄として居る。
来月四日町村長会を開く予定である。
第一は現金を以て物を買ふ事にして行きたい。
第二は物々交換につき各部如何にしたらよいかを研究して貰いたい。
仲村委員
屋我地運天原に居る日本軍二人の状況につき報告。
今帰仁湧川下我部に起った日本兵事件につき報告。
糸数委員
水産、商務両部の事務室の狭隘により会議室の北側にある家屋を利用したい。
比嘉秀平氏
水産、商務、農業、工業、財務五部に来た執行期間の要旨を訳しつゝ朗読す。
(午后二時)
軍政府 ワッキンス少佐。
諮詢事項
軍政府
琉球列島の最高指揮少将が新しく見えて居るがカールウェル少佐と私と打合したが歓迎の意味を表はすため沖縄の風景絵を進上したら如何ですか。
会議室落成式の時委員長から住民を代表して進上したら如何。
コザのハイスクールにつきて纒ったか。
山城委員
生徒の便宜な所に転校させたら如何ですか。
軍政府
機械類につき責任者を決定したか。
仲村委員
各部に委す事に話合ったが。
軍政府
土地の分配につき如何するか。
志喜屋委員長
今明日に協議します。
軍政府
各部長推薦の件(水産、農務、財務、工業、商務の五部)。
志喜屋委員長
本日決定しませう。
又吉委員
部長候補は三人挙げるや否や。
軍政府
一、二、三の順序で三人推薦す。
又吉委員
金武村分村の件提出す。
山城委員
元測候所関係の人々の件につき如何なりましたか。
軍政府
陸軍からの依頼で名簿は出したが其後どうなったか分らない。
又吉委員
前原地区になって居る仲仕組部落を独立させて貰いたい(一、〇〇〇人以上の人口)。
配給を軍政府直接にして貰いたい。
松岡委員
トラック一台増車のお礼を述ぶ。
護得久委員
屋慶名にジープが捨てられて居るとの事であるが之を払下げして貰いたい。
松岡委員
金武村の分村を四月一日からお願ひす。
軍政府
昨日カールドウェル少佐と私(ワッキンス少佐)と二人で話合った。
軍政府としては難問題である。
又吉委員から提出された案は翻訳しなければ分らない。
県政、県令につき軍政府は将校を東京に派遣し、マッカーサーに会ひ、翻訳してから充分検討する積りである。
沖縄の行政機構を三つに分けて考へる。
一、沖縄自身から行政する機構。
一、軍政府の意に副ふ機構。
一、将来如何なる事があっても軍政府の意に副ひ沖縄のためになる機構。
此機構を作るにも海軍の最高指揮官の許可を得更にワシントン政府の許可を受けなければならない。
宮古、八重山、大島は現在の所従来の機構を施行して居る。
沖縄本島は破壊されたから特別にやり直ししなければならない。
沖縄の機構の命令は軍政府から来て居るが、宮古、八重山、大島は日本がマッカーサーの命令の如くなって居る。沖縄はまだそれがないから軍が見て居る。
軍政府としては理想の政治を行ふとしたが而し理想と云うものは出来ない。
米国さへも理想の行政形態は持って居ない。
理想的政治を施くには人間から代へないと完全な理想は行はれない。
政治に対し考へもして居るが又吉委員からも参考になる事を聴されて機構を如何に作るかを考へて居る。
私の意見としては三つの要素を入れて機構を作ったら従来よりもよいものが出来ると思ふ。
三つを基礎として機構を作るが変更しても大きな変化は来さないだらう。
沖縄の機構が完備するまでは宮古、八重山、大島も沖縄本島に合併することは出来ないから当分本島のみの政治を行ふ。
先島、大島、本島は別々の機構を持つ事にする。
沖縄の行政機構を作るなら戦前に戻すのを前提とす。
何故なれば住民がよく了承して安心するから。
民衆の意向を聞くために代議員を出して住民の意向を聴く考へである。
沖縄の将来に対し米国としてもどう云ふ風に行くとは決定して居ない。
行政執行機関を海軍か、陸軍か、民政長官が来るか分らない。
米国は沖縄を必要としないかも知れない。
沖縄は国際委任統治の可能も見える。
或は日本に帰へるかも分らない。
国際会議後でなければ分らない。
国際会議が済むまでは帰属の問題に関せず其間は米国が責任があるから機構を有利に作らなければならない。
ムーレー大佐が本島に来てから七月迄一ヶ年になる。
組織を作っても永久性と思って居るかもしれないが何時変化が来るか分らない。永久性と思ってはいけない。沖縄の将来は不確実だから住民が和気藹々としてやらなければならない。
村に於て避難民と地元民との悶着は馬鹿げた事である。
政治屋の策動も馬鹿げた話である。
沖縄の有識者が一体となってやらなければならない。
平和もなって黄金時代を要望して居るし、識者、政治家が争ふ事は住民のためにもよくない。戦争中は其んな事もなかっただらう。
フランクリンが独立革命を起す時、米国人が協力しなければ一人々々の首をしばらるゝのと同じ事だと云った格言がある。
沖縄人が一家族の如く和気藹々でやって行かなければフランクリンが云った言葉と同じものになるだらう。
沖縄の現状を打開せんと考へて或立派な教育もあり、善良な人を持って来ても皆が一致協力しなければ沖縄を之と云ふて救ふ事は出来ない。
軍政府の将校も多数居るが知識をしぼってもよりよくすると云ふ案は出て来ない。
年輩の将校から若年の将校を推察しても若い将校もそれだけ決定的の案としては持って居ないだらう。
軍政府としては諮詢会の諮詢に俟たなければ立派な案が出来ないだらうと考へて居る。
時間は短いものでハナ少佐、私共は何時帰国するか知らない。其中早く出来るだけの仕事を進めたい。
其後は海軍か、陸軍か、民政か分らない。
上級将校は何時帰へるか知らない。期間は限定されて居る。
ハナ少佐、ローレンス少佐、私等は数ヶ月前に帰還出来るのであったが沖縄住民のために残留したので今後は何時帰へるか知らない。
後任の人として沖縄の事情を知って居る人ならよいが之も未定である。
後数ヶ月で沖縄の問題を研究し政治形態を作って誰が来ても方針は微動しない様に準備しなければならない。
私はムーレー大佐、カールドウェル少佐の代理として来るのであるから沖縄の最全なる諮詢をやって貰いたい。
各部長も担当将校が来たら最善の諮詢を与へて貰いたい。
一回の諮詢が大事であるから最善を以てやられたい。
間違いのない様に良心的の諮詢をやって貰いたい。
私は真心から話をして居る。十五人の委員は住民から敬意を表されて居るからである。
仕事を一緒にする間に皆の意向も分るし、また皆も(委員)如何なる意向で私が話して居ると云ふ事も分る。
皆に敬意を表する意味で私は私自身から出掛けて来るのである。
若い将校を派して聴く事も出来るが。
数ヶ月間に働いて永遠の土台を築かなければならない。
例、一家庭に於て子息等が争をして居ると如何なるか。
毛利氏が三人の子息を訓戒した様に沖縄全住民が協力しなければならない。
(ワッキンス少佐帰へる)
志喜屋委員長
諮詢された事は準備して置く様にしませう。
比嘉委員
土地分配方法の件(別紙印刷物配布)。
係将校(ガラストン)から土地は村に渡すか、農業組合に渡すかの問があった。
分配方法の骨子。
一、将来自治になると村長が把握した方がよい。
一、早く元の農業の姿に帰へしたい。
安谷屋委員外数名の質疑ありたりしが、原案通り
全委員
異議なし。
仲宗根委員
労務部々長として伊芸徳一氏を第一候補者として推したい。
護得久委員
知花委員は如何なるか。
知花委員の意向を聞いて後でよいと思ふ。
當山委員
知花委員を運輸部長に交流したら如何。
護得久委員
委員長自ら知花委員の意向を聞かれたら如何。
志喜屋委員長
仲宗根委員と一緒に行きませう。
志喜屋委員長
コザのハイスクールを如何にするか。
少将へ進上する絵は山田氏に當山委員から引受けてお願ひする事。
機械類は松岡委員で考へて貰いたい。
又吉委員
水産、商務、農務、工業、財務の五部長を決定しませう。
第一候補者は現部長に推薦したい。
志喜屋委員長
第一候補は現部長にしませう。
當山委員
第二、第三候補者は経済小委員会の外の委員で決める事にしましたら。
志喜屋委員長
第二、第三候補者を決める委員は、又吉、山城、平田、當山、仲村、前門、大宜見の諸委員にお願ひします。
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