- 組織名
- 沖縄民政府
- 開催日
- 1948年12月04日
(昭和23年)
- 会議名
- 部長会議 1948年12月4日
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- 議事録
- 部長会議〔海運問題〕
一九四八年十二月四日(土)午前九時 於知事室
出 席 知事、副知事、官房長、経済部長、海運課長、情報課長。
協議事項(海運問題打合せ)
官房長
シュネージ海運隊長が来る月曜(六日)午後一時半に知事を訪問する。海運課長を列席せしめよと。
琉球海運庁に各代表を置いたらどうか。各民政府に海運課を置くべきかどうかといってゐる。つまり貿易庁みたいに。
海運課長
代表をおく程の仕事がない。現在、海運課の管理船は一〇八隻、戦前は三五〇隻。海運庁は全琉球の船二〇隻。
沖縄民政府海運課設置について――説明。
経済部長
元の指令。一九四六、一一、二六付は残ってゐる。
渉外局長
経済会議があった時、海運課を各民政府にどうしても設置したいといふ希望はなかったか。
海運課長
それがすんでから當間部長が各民政府の人を集ってもらった時は希望があった。
渉外局長
ショウン、エンゲンとあなた方が直接話しあっておいてもらひたいと希望したときいたが。
海運課長
四月に三人(ショウン、エンゲン、課長)で話しあった時、琉球海運部はセクションベースに本部をおく。各民政府に夫々課をおくといってゐた。
渉外局長
軍の意向は代表者をおきたいと。然し伊志嶺さんとしては、それ程の仕事はないからおくなとのことですね。
海運課長
F・S、L・S・Tは軍、民は民船。
渉外局長
海運部が現在あるが、大島の船籍の船が宮古へ行くときはどうなるか。
海運課長
大島の出航命令書をもらって宮古へいく。琉球海運部を経由、軍の決裁を得る。
渉外局長
そうなるとやっぱり代表をおくと便利はないか。
海運課長
事務上の便利はある。
渉外局長
妨げにはならんと思ふが。
海運課長
私は毎日軍へ連絡へ行ってゐる。
情報課長
海運部らしい仕事をさせるために一応委員をおく方がよからう。
海運課長
おきたくない。
渉外局長
理由があるか、不必要の。
海運課長
海運部にはリポートのみして、指導は願ふ。
情報課長
上級官庁といふ考はいいかどうか。連絡機関といったらどうか。
渉外局長
知事はこの案だ。づっとこれで進んで行きたいといってゐるがどうかときいたら。案、一九四八、一〇、二五付。
海運課長
よい。管理は民政府でやってくれと桃原さんはいってゐる。民船に関する登録が困る。指令第十八号に登録についてある。
経済部長
琉球海運部をとうしてよかろう。
情報課長
向ふに花をもたせてこちらは実をとるという行き方がよかろう。
海運課長
他の民政府では知事が登録を認可してゐる。沖縄民政府海運課も他のそれと同等の地位においていいと思ふ。琉海にはリポート丈けでよい。
経済部長
琉海はM・Gだ。一つだ。
海運課長
四政府から集める話はあった。委員を送るといふことは一度もなかった。
十八号指令の仕事の大部分は琉海がやり、その一部を民海がやってゐる。
渉外局長
十八号指令は事実上無効になってゐる。琉海が出来たために。
海運課長
民船の登録の問題。軍の海運部から出るディーゼル油一万ガロンの割当等。民海に一括してやらせてもらひたい。
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