戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1948年10月06日 
(昭和23年)
会議名
臨時部長会議 1948年10月6日 目録詳細 画像を見る
議事録
臨時部長会議(暴風後の対策について)

  十月六日(水)午後一時
  出 席 志喜屋知事、又吉、島袋官房長、比嘉、宮里、警察、粟國(通)、石嶺(司)、大宜見、大宜見(財)、山城、當間、松岡の諸部長及代理。
協議事項
 志喜屋知事
  グリーン副長官との会見報告。
 比嘉局長
  グリーン大佐の御意見を報告。
  優先的に復旧工事は、一、病院、診療所。
   二、住民の住宅及民政府、将来民政府の場所を変更す。
   三、学校、公共建物。
   四、通信、橋梁、電信電話。
  以上に分けて復旧す。軍の所有せるものを支出す。
  出来るだけ資材を要求すと。以上。
  尚補給部に行ったら、天願倉庫もやられて居る。
  米・メリケン粉・衣服も濡れて早く配給する様伊集補給庁長に命じて居ると。
  工務部に行きヒリカン大尉に会ったら、松岡部長に会って手配して居ると。
  キーリング中佐は、被害状況はスキウス氏を通して警察から本日中に報告することになって居る。
  民政府も市町村から報告があったら軍に報告されたい。
  志喜屋知事から、経済・財政・文教・陸運の各部が破壊されて、暫定措置をやりたいと述べられたら、軍政府にも一、二室は空室があるから、各部長で相談されたい。貸与するとのこと。
  民政府職員の住宅が被害を蒙り、修理の為め交替で事務を執って居ますから、よろしくお願ひします。
 松岡部長
  レーモン氏との会談報告。軍の保有する資材を民に払下げられたい。釘二〇〇〇樽払下げると(全部では八万樽を要すと云った)。
  民政府を移転したいとのことである。移転先を考慮せよとのことである。
  私としては、破壊住宅は共同作業でやりたい。
  テント八〇〇〇枚を配給した。二、一〇〇ボールドの規格住宅であるが、内倒壊したのは七〇〇ボールドで作ったものである。釘も規格の2/3しか使って居ない。故にグリーン大佐に知事から陳情されたい。
 大宜見部長
  盗難の恐があるから警察で警戒を願ひたい。
 島袋官房長
  家屋修理のため職員の勤務は半日にしたら如何?
 大宜見部長
  各部に任したら如何なるものか。
 松岡部長
  レーモン中佐との会談に、移転先の希望を考へて置くこと。何処を移転希望として出しますか。
   一、上泉(那覇)
   二、知花(美里)
   三、石嶺(首里)
   四、久場崎
  以上の所を知事からグリーン大佐に陳情されたら如何なるものか。
 全部長
  異議なし。
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