戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1948年03月19日 
(昭和23年)
会議名
部長会議 1948年3月19日 目録詳細 画像を見る
議事録
部長会議〔山の濫伐防止・トラック賃銀制〕

  三月十九日(金)午前十時
  出 席 又吉、島袋官房長、安谷屋、仲泊(公衛)、當銘、玉城、前門、當山、宮城(陸運)、當銘、山田、桑江、宮里(貿)、仲村、平良、山城、平田、糸数(商)、比嘉農務、比嘉秀の各部長及代理。
  (志喜屋知事午前十時、クレーグ副長官と会見)
協議事項
 又吉部長
  昨日銀行の件でクレーグ副長官に呼ばれた。
  米国の銀行を沖縄に設立す。琉球銀行と競争するのではなく米人のための銀行であるが沖縄のためにもなる。本店はサンフランシスコに在る。
 島袋官房長
  軍連絡会報告。
  土地収容法の賠償は事業者が支払ふ。
  供出褒賞煙草は課税はしない。
 當銘部長
  煙草は一割の税は取ってよいと指令にある。
 島袋官房長
  ヘードン准将の後任イーグルス少将の来る迄で各部落の入口に部落名・人口を和英両文で立札をさせること。
  幼稚園の任免権は十一月三日の指令にあると。
  職員の食糧増配の件をお願ひす。
 比嘉秀課長
  職員食糧増配の陳情を説明す。
 又吉部長
  山の濫伐を防ぐため製材所設立認可を考慮されたい。国頭の山が荒れて来るとのことである。
  安谷屋・比嘉永両部長協力されたい。
 安谷屋部長
  比嘉部長濫伐を防ぐ方法はないでせうか。
 比嘉永部長
  軍命により石川以南の木を伐るなと通知を発した。
 津嘉山課長
  昨日のクレーグ副長官・知事会談の報告をなす。
 志喜屋知事(軍政府より帰へる)
  クレーグ副長官との会談報告。
  四月二十日宮古、八重山、大島、沖縄の四知事会を開く。
  同二十四日民政府創立記念日。
  宮古、八重山、大島の知事招待状は軍政府から発す。三知事夫人も招待す。宿舎は立派な所を考へられたい。食糧も考へて置く様にと。
  大城巡査の比島兵に殺されたことは軍でも心配して居る。弔慰金として軍政府から一〇、〇〇〇円余り、憲兵隊から一、〇〇〇円余り、C・I・Cから一、〇〇〇円余り。
  琉球銀行の修理に満足して居られた。
  何時開業でせうか。
 護得久部長
  四月十五日の予定。
 志喜屋知事
  クレーグ大佐曰く、銀行開業式には軍政府も招待する様に。開業式を挙げよと。宮古・八重山・大島知事も案内せよと。
  宜野座病院の成績がよくないと。改善する様にせよ。
 津嘉山課長
  カナダよりのメッセージを朗読す。
 松岡部長
  四月一日からトラックを料金制にすることにつき協議されたい。
 宮城課長
  トラックにつき説明す。
  一日の貸賃五六〇円。費用二八〇円。
 比嘉永部長
  トラック賃銀制は結構であるが復興の始めであるから廉く考慮されたい。
 仲村部長
  比島兵に関する注意(よくよく比島兵が集って沖縄人に対し復讐を議して居るとのことである)。
 安谷屋部長
  トラック賃銀の件比嘉部長に同意である。
 松岡部長
  トラックの賃銀の件は農・工・工業・財政部で合議したいが如何。
 全部長
  異議なし。
 糸数課長
  軍より三、四月に食油二〇〇トン宛来るとのことである。
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