戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1948年02月13日 
(昭和23年)
会議名
部長会議 1948年2月13日 目録詳細 画像を見る
議事録
部長会議〔補給部機構・煙草〕

  二月十三日(金)午前十時
  出 席 志喜屋知事、島袋官房長、又吉、安谷屋、平田、当銘、金城(農)、糸数(商)、當銘、名嘉山(文教)、仲原(開拓)、石嶺(司)、山城(補)、稲嶺(社事)、松岡、大宜見、仲村、宮里、当山、水産各部長及代理。
  欠 席 比嘉秀課長。
協議事項
 島袋官房長
  軍連報告。
  日本飛行隊の件は一青年が或学校で話したのが根拠になって居ると。
  旧正月の休の件。
  豪州からの牛入手の見込み。
  ウイルソン中佐は五月五日帰米。後任はマーチン中佐。
  補給部機構はリース案が優勢。
  軍政府にも供出委員会設置。委員長はホーイ大尉。
  開拓庁の水田開発につき計画を立てよと。
  民間使用のバッテリーを取上げると。
  全琉球の経済会議委員に農・工・水・商から民代表を出せと。
  軍総務部に財産管理課が設置された。
 當銘部長
  煙草は専売である。
  従来十一円であったが之を十四円に売ると二〇万ボールでは一千万円の収入になる。
 大宜見部長
  原価より収入を多くするのは如何なるものか。
 當銘部長
  財政部案により莨の値段は軍に申請す。
 島袋官房長
  全琉球の委員を来る月曜日迄で知事に提出されたい。
 大宜見部長
  首里病院が那覇地区病院と改めた。
 當山部長
  布哇から豚五〇〇頭送る準備は出来て居ると。
  軍政府の許可を得たい。
 稲嶺課長
  軍社会事業部から豚一〇〇〇頭米国から送るとのことである。
 糸数課長
  農・商・水・工業に米一ポンド供出に莨一個特配。
 松岡部長
  次便は板材を送って貰いたいと願った。骨組と板材と比例して送って貰いたいと願った。
上へ戻る