戦後初期会議録

組織名
沖縄民政府
開催日
1947年12月15日 
(昭和22年)
会議名
軍民連絡会議 1947年12月15日 目録詳細 画像を見る
議事録
軍民連絡会議〔赤十字社設立〕

  十二月十五日(月)午後二時
  出 席 志喜屋知事、山田、山城、川平、大宜見達の各部長及関係者。
  軍政府 ラブリー少佐、赤十字側、コック氏、ハイヤー氏。
協議事項
 コック氏
  六ケ月前大島に赤十字社が出来ました。
  極東の本部は東京に在ります。日本、支那、印度、朝鮮。
  マック司令部から来ましたが沖縄にも赤十字社を作るべく予備調査に来ました。
  平和会議が終了しない為め支部を置かれないので当分社会事業団体の名に於て作りたい。
  帰属の如何によって米国赤十字の支部にしたい。
  戦前赤十字があった筈だが那覇にあったですか。
  ラブリー少佐の話によれば大島では大島に居る日本人で組織したいと云って居たが沖縄も設立するか如何か。
 志喜屋知事
  ロータベルグ少佐から話があった時賛意を表しました。
 コック氏
  結構であります。斯る赤十字の前進とも云ふべき団体を作るに有志を糾合することが出来ますか。
 志喜屋知事
  出来ると思ひます。
 コック氏
  会員を組織して後英語を話す人も居ますか。
 志喜屋知事
  英語を話す人も居ます。
 コック氏
  組織をするに米国から援助に来たら応ずることが出来ますか。
  各部長(赤十字社の)が通訳を介せずに話す人が欲しい。
 山田部長
  最初からの必要ですか又は完備した後のことでありますか。
 コック氏
  出来得れば最初から必要であるが、居なければ通訳を通してもよい。早く設立すれば米国から救済物資も来ます。
  米人も沖縄を救ひたいと考へて居るから救済団体を通してでなければ送られない。
  ハヤー氏は長い間赤十字に居られた。
 ハヤー氏
  朝鮮も初めは沖縄と同様赤十字がなかった。初めは赤十字が如何なるものかを有志に説得します。
  困ったことは言葉であった。
  朝鮮は組織して災害等に救済して居る。学用品や日用品等も救済する。
  米国では会員六〇〇〇万人余。
  眼病が多い様だから早く治療したい。
  赤十字は日本赤十字も援助する。赤十字には敵味方とは認めない。
 志喜屋知事
  戦前年三円を拠金して二万人程の会員が居ました。
 コック氏
  赤十字を成功せしめるには女の力が大きい。
 當山部長
  米国では会費は如何程ですか。
 ハヤー氏
  一年一弗以上納付すれば会員の権利がある。
  米国の学校の生徒にも仕組みたい。
  篤志家の女がミシンによって縫物をして救済事業をやって居る。
  会員の組織が出来ますか。
 志喜屋知事
  出来ます。
 コック氏
  マック司令部に報告して組織されたら二、三ケ月内に又来ます。
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