- 組織名
- 沖縄民政府
- 開催日
- 1946年07月12日
(昭和21年)
- 会議名
- 部長会議 1946年7月12日
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- 議事録
- 部長会議〔沖縄救済事業・予算・興業権〕
七月十二日(金)午前九時
出 席 志喜屋知事、又吉、平田、當銘、玉城、安里(文教)、西平(商務)、大宜見、仲村、許田(司法)、安谷屋、當山、護得久、桑江(農務)、松岡の諸部長。
協議事項
志喜屋知事
日本人が沖縄人を妻にしたりして残りたいと云ふ者も居るが、詳しい調査をやって見たい。
ワトキンス少佐はよく協議をされたいと。
仲村部長
勅令にも復員すべしとのことであるから、P・Wも帰へるべく義務がある。原則として帰へしたら如何。
志喜屋知事
日本で県人の救済につき活動して居る様である。
斯る救済事業の協会に対し感謝の意を表するや否や。
連合会、協会及台湾にもやらないかと思ふ。
仲村部長
御礼状を出した方がよい。
又吉部長
暫く様子を見たら如何です。
安谷屋部長
日本へ調査員を派遣すべく願ったら如何。
仲村部長
日本と通信の出来べく請願されたい。
志喜屋知事
もう一度質して見ます。
護得久部長
各部長との面会は責任ある者の外は整理したいと思ふが如何。
大宜見部長
斯ることは其部の部長に委したら如何。
志喜屋知事
此次ぎまで研究しませう。
◎各部の予算編成(一九四九年六月迄の)を早く提出されたい。
仲村部長
◎警察電話架設の件。
護得久部長
◎首里の農耕作業に黒人が危険である。
志喜屋知事
仲村・護得久両部長の今の件は本日の軍政府との連絡会議に御話します。
當山部長
各地区に居る演芸者を集めたい。南・北・中部に分けて興業権を与へて巡回興業にしたい。
現在の芸能者は七十人程居る。
護得久部長
興業権を与へて自由興業にさせると収入のみ考へて芸は退化して来る。
志喜屋知事
経済委員会に於ける協議の報告。
一、県木材会社の材木が宮崎にあるので之を國場幸太郎氏が沖縄に移入すべくマック司令部に申請中とのこと。
二、八重山国有林の伐採を請願する件。
三、八重山のマラリヤ撲滅援助の件。
四、気象台復興請願の件。
大東島へ移動希望者は居ないか。
又吉部長
大東島への移住の件は行政の根本を立てゝからやったら如何。
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